社内の評価は気にしない

勤め人では群れる人が多い気がする。

 

タバコ休憩のとき、一緒に連れションする感覚で群がっている。

 

副流煙をまき散らかされて非喫煙者は割を食う。

 

タバコ休憩のひと時から生まれるアイデアがあることも思うとほんの少し光が射している気がしないでもない。だが自分の体を蝕む毒であることに変わりはない。

 

孤独であることが間違いであるようなそんな感覚に陥る。

 

普通の人であれば、長いものに巻かれがちである。

 

上司や先輩から何を言われようとも、自分の正しいことにつながる行動を選択しなければならない。彼らは自分の生活を保障してくれるわけではない。

 

誘われてほいほい付いていったところで、何の話か別に大したことではないではないか。親しい友人とならまだしも、勤め人の人間関係でどうして自分の時間をとられなければならないのか。もちろん、その飲み会とかに参加することが自分にとって正しいという人であればそうすればいい。そのことが社内での評価も上がるだろう。

 

ぼくにとっては社内での評価は重要視しなくてもよいと思う。

社内で築いた資産が社外でも通用するものであればいいが、社内での昇進くらいしかつながらないのであれば、評価を上げることに邁進しなくてもいいと思う。

 

社内での評価が上がって、昇進したとして、それが自分の人生の豊かさにつながるのだろうか。

昇進したら仕事の量が増える。

仕事の量が増えることに対して給料もあがる。

給料は上がるが、仕事がたくさんあるので退社時間が遅くなる。

退社時間が遅くなると飯食って風呂入って寝るような時間しか残らなくなる。

 

時間が唯一の資産である勤め人にとって、この流れは受け入れるべきではないと思う。

営業成績は優秀であっても、辞令を断って同じ仕事をしているほうがいいだろう。

成績が優秀であることは目指してもいいと思う。

自分の人的資本の増強は、社外で自分の評価を見てもらうときに有効である。

 

転職する予定がない人は特に昇進をせずに同じ仕事を反復して武器レベルを高める。

自分の武器レベルが熟練すれば仕事を早く終わらせることができる。

仕事を早く終わらせることは+@の時間を創出することができる。

労働法で首にされにくくなっているとはいえ、未来永劫続く制度とは限らない。

変化が起きて経営者が解雇しやすくなったときのために+@の部分を増強していくことが大切だと思う。

いきなり解雇されてその会社にしがみついていたようなひとは厳しい環境に放り出される。

 

しがみつけられるうちに、別の基盤を構築しておけば首になっても大丈夫!となる。

今の会社にほどほどに尽くして、基盤構築のための時間を優先事項に掲げよう。