自責と自己評価

人は人。ぼくはぼく。自分とあなた。

 

他人は変えられない。

どれだけ病み上がりにも関わらず人よりも残業している人がいても、

その人の意思で退社しようとしない限り、その人は退社せずに仕事をしている。

 

ぼくの一声で相手がすぐ帰ろうという気にはなりえない。

 

だがそう悲観することでもない。

 

勤め人での人間関係はドライである。

 

その人が残ろうと残らないでいようと、ぼくには関係ないのである。

 

ぼくはぼくで、サクっと帰られるのであれば帰りたいと思っている。

残業時間が長くなるにつれ、”何をやっているんだぼくは・・・?”という虚無感が強くなる。

 

定時までは集中力を切らさず、自分の武器レベルが少しでも上向きになるように努める。

 

個人主義と思われるかもしれない。

 

だがたまたま同じ会社で一緒になった人と、死ぬまで勤め上げるかどうかわからない会社である。

 

他人のタスクの山を自分に少し振り分けることで、自分の時間、気力が奪われると思うとあまりよろしくない。

 

仕事の山ができれば山を抱えている人が自ら振り分けてほしいと思う。

”キャパオーバーなので手伝ってください”という訴えは相当図々しい人でないと難しいかもしれない。

 

自責マインドが働く。

 

ぼく自身は外回りに出る日でも自分の担当の注文なり見積もりがくると自分で捌くタイプである。どうしても捌く時間がないときには、他人にお願いすることになる。

 

”自分の担当なのだから自分がやらなくては・・・っ!”

基本はこの思考で仕事をしている。

人にお願いをして、思うような結果にならなかった場合を恐れているかもしれない。

お願いの仕方、指示する仕方、自分の伝え方が悪かったのではないか。

自分でやれば、そういう類の悪い可能性を取り除くことができる。

 

しかし自分自身が一向に楽にならないことが問題なのである。

 

下っ端で管理職でもないから普通は人にお願いすることがないだけかもしれない。

自分のお客さんのことは自分が一番知っているし、どう捌くかがよいかも知っている。

だから自分がやることが一番早いし間違う可能性も低くなる。

 

そう思っているからいざ自分が不在のときにどうしようか。

考えることもあるが、何とかなるのが会社である。

自分がいないと会社が回らないということはありえない。

自分よりベテランの人もうじゃうじゃいる。そういう人たちが何とかしてやるものである。

そういうことを心配する前に有給の消化率を自分で上げなければ、勤め人では時間が手に入らない。

 

だから自分は会社に欠かせない人材であるという過大評価は自分でしないほうがいい。

 

自分ごとき、ただのしがない勤め人である。勤め人などほかにいくらでもいる。

替えが効かなくなるような人を目指すことはよいけれども、自分で自己評価を盛ってはいけない。