自分のことは自分で

会社というのは自分だけでは回らない。

 

組織であるゆえんだ。

 

しかし、自分のことは自分でやるという風潮がある。

 

これくらいやってほしいな・・・と思った。

 

会社には営業とアシスタントとも言える事務の人間と2種類の人間がいる。

 

外回りする日でもぼくに注文書が回ってきた。

 

ぼくはため息をついた。苛立ちを覚えた。

 

いや、外出するのに何でやねん。

 

結局ぼくのお客さんのものだから、ぼくが手配した。

 

これくらいやってというこちらのわがままのような願望がいけないのだろうか。

 

これくらいたいしたことないからお前がやれというメッセージなのだろうか。

 

ぼくは文句を言わなかった。

 

実際誰に言っても、”自分は知らない”と白を切るのだ。そうなる予想がついた。

 

ぶつけようがない憤りであった。

 

このような仕打ちをうけるくらい、ぼくはそこまで恨みを持たれているのか?

ぼくの中に原因があるのだろうか。

 

営業のAさんとAさんの補佐をするBさん。

このパートナーともいえる関係があれば、Aが外出中になにかあれば内勤のBさんに頼むように仕組みができている。

しかし、弊社はパートナーのような決まった営業と事務の組み合わせがない。

よってAの仕事を誰がやるのか。手の空いた人?自主的に取り組む人?

決まっていないから、誰もが手をつけたがらない。ほかの誰かがやってくれるだろうという思考に落ち着く。

 

人間誰しもが楽をしたがるものだ。

 

人のいやなことをするところに仕事があるというように、

いい言葉もあるが、わざわざ自分から面倒事に巻き込まれる人はそういない。

 

仕組みがうまく機能していないというか、そもそもいい仕組みができていない。

 

人手不足によってAとBというセットが組めないところは弊社以外にもあるのだろうか。

セットが組める時点で人材もある程度潤沢に抱えている企業といえる。