強く生きよ。

自分に降りかからなければことの重大さというのは思い知ることはない。

 

無事に生き残った人もいれば不幸にも亡くなってしまった今回の地震

 

さりとて他人事である。自分は幸運にも生きている。

 

生き残ることができた。先へ進もう。

 

生かされているという考えは労働している最中はなかなか頭に入っていないことが多い。

 

頭に戻ってくるのはこういう有事が起きたときが大半だ。

 

自分の死に方はできることなら選びたい。

老衰とか、がんとか、事故とか。

死に方はいろいろある。

 

死ぬとわかっていたら、ああこういう人生だったんだなとある種のあきらめがつく。

それがわからないから無念でならない。

 

死ぬかもしれないとなったら、お迎えがたまたま思ったより早かったというだけだ。

 

生まれた以上、死ぬことは決まっている。

 

不慮の事故だったり、災害に遭った場合はあれしとけば、こうしとけば、と残していくことが多いかもしれない。

 

だからこそやりたいことを生きているうちにやっとけということだろうか。

 

答えはどこにもない。

 

自分で探し求めるしかない。

 

明日も生きよう。