だるくなるのは環境の影響か

最近はかなり疲れやすくなった。

 

営業報告にだるいという文字を入れようか一瞬迷った。

車運転で事故するリスクが仕事中にあるというのは結構ストレスフルだ。

一瞬の過ちがお客さんに納品できなかったり周りに迷惑かけたりして人生をDONZOKOに陥れる。

 

”もっと頑張っているやつもいる。だからお前も頑張れ”というロジックは言うのは別にかまわないが、人に押し付けんなという感じだ。

 

”自分の理想を、他人に押し付けんなや”と影縫さんの言葉ではあるがそのとおりだと思う。家族的な会社とかいうけど家族じゃないから。なんどもいうが会社は毎月の給料を渡すだけで自分の人生を保障することはしない。

 

頑張れる環境か。

環境が人を決めるというのはある。

恵まれた環境かそうでないか。

生まれる場所は選べない。

後天的な要素もたくさんある。

選べないことだらけだ。

親、先生、上司、先輩、配属、勤務地・・・・。

 

時間配分、住む場所、付き合う人。

大前研一さんによれば人が変わるにはこの3つを変えるしかないとのこと。

 

時間配分は、これから変えやすくなる可能性があがると思う。

可能性の話だが。

ストレスベースで考えた場合の落合さんの働きかた見たいなものだ。

超AI時代の生存戦略』に載っているワークアズライフというやつだ。

 

住む場所というのは引越しが代表例だ。

SNSを見ていると、引越している友人も何人かいる。

ぼく個人としては家賃が発生するのにかなり抵抗感を覚える。よってあんまり気乗りしない。

 

付き合う人を変えるというのは転職が挙げられる。

もしくは、新しいコミュニティに入ることだと思う。

 

 

なんにせよ今の自分がいるのは100%自分のせいではないということだ。

10:0で自分が悪いということはない。そんな比率は自分と神の場合ぐらいじゃないだろうか。運が悪かったと決め付けていいこともある。

変える勇気、変わるための情報収集、あまたある情報の精査は絶えず行っていけば一段くらいは上に上がれる気がする。

 

会社にはあの人みたいになりたいと思う人がいない。

そういう憧れの存在はあるとないとでは結構違うのではないだろうか。

そういう人にで出会う確立を少しでも上げるために、自分をもっと流動的にすることが大事なのだなあと。

 

そう思っただけでは意味がないことも知りつつ。