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変拍子日記

不定期な日記

比べると疲れる。比べなくとも疲れる世界だから。

計るのはいいが勝手に悦に浸ったり落ち込んでしまうのはよくない

 

年収では人は計れない。

結婚しているかしていないかでも計れない。

でもカネがあるからアイが生まれる。そういう時代になっている。

婚活に出向いている人なんかそうじゃないだろうか。

この男性は金を稼ぐ能力があるか?と、鋭いまなざしが女性から発せられているのではないだろうか。婚活したことないけど。

 

みんな他の人がどうなんだ?って知りたがっている。心のどこかでそういう思いが潜んでいる。自分と相手を比べる。比べて安心する。または落ち込む。

 

他人のことより、自分の心配をしたらどうだ?と。

 

子どもも年収があがればあがるほどたくさんひとりの女性から生まれるというわけではない。カネがいくらあってもそれぞれの家庭でどういう家族にしていくかというプランが立てられ、家族が増えていく。

 

自給を1,500円にあげろとデモを起こすなら、年収500万を等しく得られる世界にしようという運動のほうがいいと思うがどうだろう。

 

Rootpotさんの著書『失敗すれば即終了 日本の若者がとるべき生存戦略』によれば 年収500万円あれば、今の時代子どもをつくろうかという判断を下しやすいようだ。499万以下では子どもを作ろうとする家庭は少なくなる。それは子どもにどれだけ投資したいかというところに影響を与えるからだ。

 

だから他の家庭がたくさん子どもをつくるから、わたしは関係ないというような考えかたをするのは少子化をとめることにつながらない。

 

ところが年収が500万より多くても子どもをもっと作ろうとする流れにはならない。

ひとりの子どもにリソースを注ぎ込みたいのだろう。二人以上になると十分に投資できないということになる。

 

結婚したくない世界、したい世界、どちらに進んでいくか

 

 

結婚しなくても幸せになれる時代にわたしはあなたと結婚したいのです

 

ゼクシィのCMのコピーが刺さるとネットで話題になっている。

確かに今は幸せな人も多いかもしれない。ぼくらが年寄りになる40年後、50年後はどうだろうか。どんな未来であるかは想像を超えているだろうが、少なくとも人がいないのは間違いない。

 

ロボットに置き換えられた仕事。置き換えたことによって生まれる時間。楽しめる余暇。そんな楽しい面もあるだろう。

 

でも人の助けが必要な爺さん婆さんは、人の手から離れられるだろうか?すべてロボットで身の回りを補えるだろうか。介護する人、下の世話をする人。人。人。人。将来的には1人のご老人を支えるのが1.2人になるという。

 

移民を受け入れればいいというが、そんな役回りされるならこっちから願い下げだとそっぽを向かれるのではないだろうか。まして同じ人間なのに扱いが支配関係のようだ。

 

子どもが死ななくなったから、子どもが減って老人ばかりの国になった。

でもひとりの子どもにたくさんリソースを注げられるから、賢い国になっていく。知らんけど。

 

各家庭がひとりでも子どもを持つことができて安心して暮らせる社会になればいい。その安心させるための方法の一つがみんな500万円の所得というわけ。

 

もしくは、500万円で得られるもの自体の価値が下がればいい。400万円で十分な所得といえる世界。ものの価値が下がって手に入りやすくなる世界。

 

幸せになりたい。だれかと比べる必要のないくらい。