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変拍子日記

不定期な日記

価値観は変えられるか

価値観が180度逆転すれば、足を引っ張っていたものは一気に先進的なものとして見られるようになる。

 

高知県は国からみれば補助金&借金頼みの都道府県ということでお荷物扱いされているそうだ。

 

県の平成28年度財政状況をみてもおよそ7割は依存財源というカテゴリで国庫支出金、地方交付税交付金、県債など借り物が見受けられる。

http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/110401/files/2008123100544/file_2016420384923_1.pdf

 

 

一方で、高知県は海に面し、緑に囲まれ、自然に恵まれている豊かな都道府県といえる。ぼくはまだ足を踏み入れたことはないが。かつお食べてみたいねえ。

 

自然に恵まれている都道府県は、食料自給率が高いといえる。

食料自給率が高いということは、よそから買う必要が少なくなる。

ということは、万が一国が危機に陥ったとしても、高知の人たちはさほど困ることにはならないと考えられる。反対に都会の人は、ビルに囲まれて食料を作る能力にかけている。危機的状況では飢餓に苦しむひとが相対的に多いのではないか。

 

自前で居・食・住をまかなえる能力があることは、すばらしいことだと思う。

 

 

何でもかんでも効率だ、生産性だとわーわー言い続けていれば、この国はだめになるとぼくは思う。すでにだめになっているとさえ思う。だから”希望なき国、日本”なのだ。

実際、競争をして、対立を増やし、蹴落とし蹴落とされる社会でこの国の民は幸せになってきただろうか?

がんばって仕事をしても派遣切りされ、変動費として認識されるようになった人権。

人の生活は安定的でなければならないのに、どうして大企業のお偉いさんは他人の人生を冷酷に切り捨てられようか。彼らにとって支えであるはずの多くの中小企業、非正規雇用のひとのことなど他人事に過ぎない。大企業が発展してきた所以をたどれば、下支えとなるたくさんの中小企業でがんばっている人たちがいるからというのに。

 

今の政治は経団連と仲良しだ。

業界の団体から献金をもらっているから業界の目の色を伺うようなことしか発言できない。彼らの後ろ盾頼みだから、そっぽを向かれるのを恐れているのではないだろうか。そんな様子で信念にまっすぐだとか、志のある政治活動をしている、応援しようと思うだろうか。大きな団体からの応援ありきでいては、一体誰のための政治であろうか。大企業の偉いさんのためと言っても過言ではない。

 

切り捨てられる人が増えた。

過労で死ぬ人が増えた。

自殺や殺人のニュースは絶えない。

街中からこどもの姿が消えた。

何もかもが分断され、追い詰められている人でいっぱいだ。

 

経済評論家である内橋克人さんの言葉を借りれば、今の世界は分断・競争・対立でできている。

 

もっと豊かに、幸せな国をつくるためにはこの価値観を手放す必要があるのではないか。

 

逆転した価値観では、連帯・参加・共同。このキーワードは地方の人たちほど無意識的に染み付いているのではないか。余った野菜のおすそ分けや消防団なんかが挙げられる。

 

対立は勝ち負けだ。共同はwin-winだ。

 

このままだと、何者かに搾取され続けるだけだ。しかも気づかぬうちに。