読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

変拍子日記

不定期な日記

手放す

自転車の空気が入らなくなった。

 

自動車のバッテリーが上がってエンジンがかからなくなった。

 

まったくもってわたしの管理不足である。

 

もう別れのときが来ているのかもしれない。

でも手放すことに抵抗はなくなってきている。

 

自転車はもう何ヶ月乗っていなかっただろうか。会社に入ってから大阪には出るものの地元近くで買い物にいくこともそれほど多くなかった。近いのなら歩いていっていた。

 

自動車はメインの普通自動車のサブ的な役割を果たしていたが、週末にすら乗らなくなっていてただの塊と化していた。

 

運動不足を考えるようになって、ここ最近の週末は最寄駅から2~3駅分の距離は歩いていた。これが別れたほうがよいのではないかと拍車をかける。

 

わたしには自動車は早すぎたのかもしれない。

営業で散々平日乗っているのに、どうして休みの日まで乗らなければならない?

一体誰とドライブするというのだ。。

 

自転車も運動にはなる。しかし尻が痛くなる。

電車にずっと乗っているかのごとく、サドルにずっと座ってペダルを漕ぐというのは存外痛みを伴うものだ。

 

ひとりにつき1台車を運転している昨今、環境問題に関心が高まってきた。

ヨアン・ノルゴーさんのエネルギーと私たちの社会を読んでなお一層。

市場原理主義というか、THE・資本主義の体裁をとっているアメリカに追従していてはたしていいのだろうか。

 

お金がすべてか?

貯蓄から投資か?

価値あるものをお金に換えて本当にいいのだろうか?

鑑定団に価値を決めてもらうのは本当にいいことなのだろうか?

 

北欧社会が目指しているベクトルにこの国は合わせるべきだ。

アメリカにとって駒になっている気がしてならない。

属国という感覚はないが、戦後よりアメリカにヘコヘコしていた感じはトランプ大統領と安倍首相のにこやかな様子を見ているとどうも違和感を覚える。

相手は何枚も上手のような、巧みに日本を自国の利益につながるように動かそうとしている。そんな予感。

日米同盟が対等な関係にないように、何か人質にされている気がする。農業から経済から何まで。

 

だからといって今わたしが憂慮するだけでこれからいったいどうすればいいのだろうという行動へ落とし込むことができるのだろうか。

食料をほかの国からの輸入に頼っている状況はいけない。これは間違いない。

地方は、耕作放棄地がたくさんあってズタズタの状態になっているところが多い。

都会に出て労働者となった人たちは搾取され精神から締め上げられていることがたくさん見受けられるようになった。。

高坂勝さんや正木高志さんの本を読んでいれば、地方へ目を向けている人が増えているのも事実。一方でブランドものや年収に拘って都会で生きている人もいる。どういう嗜好が自分に合って、ライフスタイルを築くかは人それぞれだ。

 

 

なにか小さな一歩といえば、ガーデニングやベランダ栽培だろう。

農作物をたくさんでなくていい。自分で食べれるものを栽培することだ。

プチトマトでもなんでもいい。半農半Xになることだ。

 

このままでは、このままである。

 

幸せだったかと聞かれて、幸せだったよと答えられる人生。

わたしひとりの力は微粒子レベルのものではあるが、そう思わせてくれる社会、世界に少しでも近づけて生きたい。