変拍子日記

不定期な日記

安定、自由、その手が拓く未来

おはようこんにちはこんばんは。

 

 

よく安定の道か自由の道かなんていいますね。

 

 

安定の道をサラリーマンは歩めるのでしょうか。

 

答えは否であります。

 

 

安定させなければならないのです。

 

そう、自分の手で。自分の力で。

安定の道は凸凹でオフロードでできています。

 

いつ大企業なれど属する会社が闇に引きずり込まれるかわからないですからね。

中小企業は倒産とか廃業、常に背中合わせ感があります。僕個人の感覚では。

 

 

安定VS自由。悩める現代人の向き合うべきテーマですね。

個人的には安定<自由ということで自由の道を歩いたほうが幸せになれるのではないでしょうか。

 

 

 

安定の道では、

「定期的収入」という大きな武器を手に入れられます。

これは大きな力を持っています。他の道を歩こうとするのを防ぎます。

他にも社会保障とかいろいろあると思います。

一方で1日の大部分を会社の管理下の元に身を投じることになります。

時間を捧げるというやつですね。

あと、転勤もマイナス要素ですね。

自分の意思に基づかない転居はポジティブではないからです。

今自身が置かれた環境が人間関係最悪という場合は除きますが。

 

 

自由の道では、

「時間」という武器がまず挙げられると思います。

収入はどうするか、ここを安定させようと人は必死こいて力を磨くのではないでしょうか。

それも時間があるからなせることだと思います。

 

えらくざっくりですが。ええ。

僕は安定の道をふらついているので自由の道は憧れの対象となりつつあります。

どちらの道も地平線の彼方まで続いているような姿ではありません。

目先ちょっとしかないのでレールを自分で敷くという作りになっています。

 

安定の道では時間を犠牲にして収入を得る構図が見られます。

自由の道では持てる時間を自分のために効率よく使えるのではないでしょうか。

 

一概に会社で消費する時間すべてが無駄ということはありません。

しかし、「何やってんだ、俺は・・・。」という感覚を覚える時間が僕自身にはあったものですから。自分のためになる時間は安定の道のほうが少ないと感じられます。

 

 

サラリーマンが多い日本国においては、安定の道を歩いている人が多い。

悶々としながら僕自身歩いているわけですが。

このまま一生終わるのか?まではいかなくとも、

このまま20代を終わらせてしまうのか?という焦りはあります。

 

多くの皆様も悶々としていることでしょう。

テレビの中に映っている出来事を他人事としてスルーするのは個々の自由です。

しかしながら、いつ自分に降りかかるかわからないという恐れを少し持つべきです。

えらそうに聞こえますが。

頭の片隅に置かねばなりません。

安定の道は突如として断たれるということを。

安定の道は安定していたという幻想を勝手に抱いていたことを。

 

地震だってそうではありませんか。

起きていない地域は何事もないように暮らしを営むのであります。

熊本周辺以外の地域は今も健康で通常運転していられます。僕自身。しかし関西圏、首都圏に来た地震で未だかつてないストレスと明日への生命維持をかけたサバイバルな状況に置かれるのです。

 

自然現象は安定、自由など無効化してしまいますね。

 

 

窮地に陥っても自分の手で生き残り、

守るべきものを守り、

成すべきことを成せるか。

 

結局、自分の資本価値を高めるということですかね。

それは目の前のタスクを粛々とこなしていくことですかね。

そうしてポイントを切り換えることなく、半透明なレールに沿って進んでいく。

こういう世界なのでしょうか。

 

それでも世界は美しい。

そう思えるピュアさを持ちたいものです。

 

 

お疲れ様でした。

ありがとうございました。